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妙遠寺は400有余年の歴史に彩られた地元の名刹寺院です。

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お寺のご紹介

妙遠寺(みょうおんじ)は400有余年の歴史に彩られた地元の名刹寺院です。川崎駅、京浜急行から徒歩9分の平坦地であり、小泉次大夫の供養塔があるため、常にお参りの多いお寺です。
敷居の低いお寺ですので、どうぞ、お気軽にお参りください。



小泉次太夫

妙遠寺境内には二ヶ領(稲毛・川崎)用水を完成させ、部落民の定着も図った、小泉次大夫夫と川崎中興の祖といわれた田中休愚の、偉業を讃える「泉田二君功徳碑」・日純上人の供養塔・小泉次大夫夫婦の逆修塔・石川駿河守吉久夫婦のお墓があります。

小泉次大夫(こいずみじだゆう、天文 8(1539)年 - 元和 9(1623)年)は戦国時代から江戸時代初期の代官および用水奉行。
駿河国富士郡小泉郷(現在の静岡県富士宮市小泉付近)にて今川義元家臣・植松泰清の長男・吉次として出生。もともと植松家はとい代官(用水奉行)を務めていた。
天正18年(1590年)、小泉次大夫は多摩川から農業用水を引く用水路敷設を進言して徳川家康により採用され、以降稲毛・川崎領(現在の神奈川県川崎市)に移り住み用水奉行を務める。 慶長 2年(1597年)、二ヶ領用水、六郷用水(東京都駒江市、東京都世田谷区、東京都大田区の農業用水)の建設に着手。 慶長16年(1611年)、二ヶ領用水、六郷用水が完成。これら 2つの堀は「四ヶ領用水」「次大夫堀」(じだゆうぼり)「女堀」とも呼ばれた。「女堀」と呼ばれたのは、小泉 次大夫が用水の掘削をする際に、農業生産を落とさないために、農業生産の主力であった長男以外の、次男、三男、女子を3ヶ月交代で登用して、円滑に建設を行ったことに由来する。
元和 5年(1619年)、川崎領砂子(現在の川崎市川崎区砂子)の妙遠寺にて隠居する。 元和 9年(1623年)没、享年85。

なお、小泉次大夫が、二ヶ領用水と六郷用水を検地している図は、太田区立郷土博物館に保管、展示されています。


二ヶ領用水

二ヶ領用水は1590(天正18)年に多摩川が大洪水を起こして流路を変えたことから、新たに農業用水を引き、水田を開発するために小泉次大夫によって作られました。
この用水により、川崎領と稲毛領(二ヶ領)での米の栽培が盛んとなり、ここで栽培された米は稲毛米と呼ばれて、江戸近郊のお米として人気があった。
二ヶ領用水は、1616(慶長16)年に完成。多摩川に2箇所の堰を設けて一つは上河原堰、もうひとつは宿川原堰で取水しました。今の川崎市全体に枝分かれし、その幹線水路の全長は約32kmと言われました。


宗旨

名称 日蓮宗
宗祖 日蓮大聖人
開宗 建長五年四月二十八日(鎌倉時代 西暦1253年)
本尊 久遠の本師釈迦牟尼佛
題目 南無妙法蓮華経
教義
日蓮宗はお釈迦様の説かれた最高の教えである法華経をよりどころとする宗団です。
この法華経を身をもって読まれ布教をせられた日蓮大聖人を宗祖と仰いでおります。
本宗の教義は法華経の魂をお題目にこめられた宗祖の教えに導かれて私たちが信行に励み、この教えを弘めることによってやがて世界の平和と人類の幸福ひいては個人のしあわせにつながる事を確信できる教えであります。
教典 妙法蓮華経(法華経)


宗門聖日

 2月15日  釈尊涅槃会 お釈迦様の亡くなった日
 2月16日  宗祖降誕会 日蓮大聖人の生まれた日
 4月 8日  釈尊降誕会 お釈迦様の生まれた日(通称・花祭り)
 4月28日  立教開宗会 建長五年(西暦1253年)のこの日に日蓮宗が開かれた。
 5月12日  伊豆法難会 伊豆の伊東へ流罪となった日
 8月27日  松葉谷法難会 鎌倉の松葉谷での法難
 9月12日  龍口法難会 藤沢の龍口での法難
 10月10日  佐渡法難会 佐渡へ流罪となった日
 10月13日  宗祖御会式 日蓮大聖人の亡くなった日
 11月11日  小松原法難会 千葉県鴨川市の小松原での法難